
菊田一郎連載コラム
<物流ムーンショット>
Moonshots on Logistics
あるべき物流へ、勇気あるチャレンジを!
*ムーンショット*
前人未踏で非常に困難だが、達成できれば巨大なインパクトをもたらす壮大な計画や挑戦。
月を目指した、あのアポロ計画のように。
<MoonShots-10>
フィジカルインターネット!
「究極の物流ムーンショット」に食らいつく
目次
物流改革の嚆矢となった総合物流施策大綱
本連載も10回の予定期間満了となる今回が、最後のコラムとなります。
未来への一大指針となる「物流ムーンショット」のテーマがそういくつもあるわけではなく、私は立案時点で10本くらいかなあ、と構想していました。同時に、初めから掉尾を飾るテーマは「フィジカルインターネット(Physical Internet:以下PIと略す)」だと、決めていました。モノと情報とプロセスを標準化して相互連携性を確保し、最適効率で全員参加の物流共同化を目指すPIこそが、現時点では最大の物流ムーンショット、すなわち「前人未踏で非常に困難だが、達成できれば巨大なインパクトをもたらす、壮大な物流改革への挑戦」の名にふさわしいと考えたからです。
政府は「物流2024年問題」に象徴される今般の物流危機に際しこの数年、矢継ぎ早に施策を打ってきました。それまで放置してきた経緯は措くとして、わが国の物流の積年の問題を解消すべく革新的施策の法制化にまで突っ走った、その突破力には拍手を送るべきでしょう。
その嚆矢となったのは、2021年6月に閣議決定された「総合物流施策大綱(2021年度~2025年度)」だったかと思います。
①物流DXや物流標準化の推進によるサプライチェーン全体の徹底した最適化(簡素で滑らかな物流)
②労働力不足対策と物流構造改革の推進(担い手にやさしい物流)
③強靭で持続可能な物流ネットワークの構築(強くてしなやかな物流)
……3つの基本方針は、続く具体施策の基盤となりました。PIもまた、これらの目的を実現する極めて有効な手段、ないしは「最終手段」として採用されたのではと私は推測します。大綱の閣議決定の4か月後、政府は「フィジカルインターネット実現会議」を立ち上げたのです。
PI実現会議でロードマップを策定
PIの名は2006年の英「エコノミスト」誌に初登場後、2010年代初頭にモントルイユ、メラー、バローの米仏教授陣ほかが構想を固め、産学連携で研究が進められていました。日本では2016年にヤマトホールディングスが設立した(一社)ヤマトグループ総合研究所が間もなく、PIの周知理解に向けた活動を開始。同所が母体となって2022年6月に(一社)日本フィジカルインターネットセンター(JPIC)が設立され、今では中核的なPI推進組織となっています。
このJPIC設立前夜の2021年10月、第1回の「フィジカルインターネット実現会議」が開催されたのでした。数回の議論を経て22年3月、「2040年までに日本でPIを実現させる!」という、野心的目標を掲げた「フィジカルインターネット・ロッドマップ」を発表しています(24年6月に一部改訂)。図表1はちょっとビジーですが、よく読むと味わいがあります。
図表1 PI実現会議が策定した「フィジカルインターネット・ロッドマップ」
*黄マーカー部分は24年6月改訂個所
参考:経済産業省「フィジカルインターネット・ロードマップ」
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/physical_internet/pdf/2024_001_05_00.pdf
2040年までに踏破すべきマイルストーンを設定し、その実践に向けた官民の積極的活動が奨励されています。現にPIの雛形となる物流共同プラットフォームがいくつか、動き出していますね。1つは連載で以前にも触れたNEXT Logistics Japan社で、多数の荷主・多数の物流事業者が出資/参画し、現時点ではほぼ国内唯一、ビジネスベースで実際の「本格的共同物流プラットフォーム」を駆動しています。続いてヤマトホールディングスが昨年5月、共同輸配送のオープンプラットフォームを提供する新会社・Sustainable Shared Transport社を設立、チャレンジを開始しました。
また同年同月、伊藤忠商事が「商用フィジカルインターネットサービス」の事業化に向け、KDDI、豊田自動織機、三井不動産、三菱地所と覚書を締結しています。その他にも幹線共同・中継輸送の実証実験レベルではデンソーなど複数の取り組みがあり、入門編サービスとしては共同物流のマッチングサービスがいくつか登場していますね。
ロードマップの図から右端のゴールイメージ4点、「①効率性(世界で最も効率的な物流)、②強靭性(止まらない物流)、③良質な雇用の確保(成長産業としての物流)、④ユニバーサル・サービス(社会インフラとしての物流)」を抜き出し、現状との比較で見やすく描いたのが図表2です。私がPIを「究極の物流ムーンショット」と位置付ける理由は、このゴールイメージ(①~④の細目をぜひ読んでください)に私の考える、物流高度化で達成すべき「目的」が、ほぼほぼ、網羅されているからです。これらを実現できれば、私がマスト事項として唱える「物流で働く人の環境保全」「地球社会の環境保全」という大目的に肉薄できるはず。
図表2 フィジカルインターネットが実現する価値(ゴールイメージ)

引用:経済産業省「フィジカルインターネットの実現に向けた取組の進捗について」
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/physical_internet/pdf/20220308_1.pdf
PI実現へのキモ中のキモ・4項目
一方その「手段」についてもロードマップ中にたくさん書いてあり、左端の「項目」がその大分類になります。「①ガバナンス、②物流・商流データプラットフォーム(PF)、③水平連携(標準化・シェアリング)、④垂直統合(BtoBtoCのSCM)、⑤物流拠点(自動化・機械化)、⑥輸送機器(自動化・機械化)」……これらの手段の中でも、私がPI実現に向けた「キモ中のキモ」と考えているのが、次の4点です。私の言葉で具体化して書きます。
===================<PI実現へのキモ中のキモ>===================
——————–①モノと情報のサイバー/フィジカル物流共同プラットフォーム構築
——————–②モノと情報とオペレーションプロセスの標準化
——————–③物流における各種リソースのシェアリング
——————–④デジタル技術・ロボティクス活用による自動化
============================================================
……本コラムで個別に取り上げてきたテーマも多いですね。ただ、私にはここで、ちょっとばかり懸念があるんです。産業界の皆さんは、こうしたPI実現へのマストステップを、本当に具体的にイメージし、明確な「やることリスト」として脳裏に描けているんだろうか? それとも逆に、「あんなの、政府と学者が書いた夢物語。妄想だよ!」といなしている人が、もしかしたら結構おられたりしないか?
話をハッキリさせるため、前後しますが、私の考えた「PIの分かりやすい説明」をここで加えておきましょう。もっともシンプルなバージョンで書きます。
<キクタの「フィジカルインターネット」シンプル説明> ◆フィジカルインターネットとは◆=============================== 👉デジタルインターネット/eメールの基本構造(データを標準パケットに分割し、共有回線にて標準プロトコルで送信し、着地で再統合し受信)を、フィジカルなモノに適用しようという企て ◆PIの基本プロセスと期待効果◆================================ ①デジタル情報ではなく、発荷主が送りたいフィジカルな「モノ=貨物」を、 ②工場など生産地や各種倉庫で、標準的な輸送荷姿(ユニットロード)に仕立てて出荷 ③陸海空の輸送手段を適切に組み合わせ(シンクロモダリティ)、確保されたリードタイムで輸配送ルートを策定 渋滞・事故・災害等状況変化に対し柔軟にルートと輸送手段を調整 ④積み下ろし時、相互接続性を確保した標準物流情報に基づき、標準プロセスと効率化システムで 荷役・検品等の作業を行い、関係者が相互にトレーサビリティを確保 ⑤積み替え拠点(クロスドックセンター)で、他社の貨物とマッチング・混載し、共同輸配送 これにより積載効率を最大化=往復の便数を最小化=GHG排出を最小化 ⑥幹線輸送は日帰り可能な短中距離の共同物流センター・ハブ拠点等を順次リレー・中継し、 ⑦着地最寄りの拠点で仕分け・再統合して、 ⑧着荷主・最終顧客の元に配送する |
PIのあるべき姿に食らいつけ!
1車満載の大ロットで運ぶなら、中継輸送だけでもいい。でも数パレットレベルの中小ロット貨物の、積載効率の低さこそが大問題なので、フレキシブルな共同輸配送で積載効率を最大化することを狙います。ICT/IoTの活用で状況変化の把握と対応も可能にしたい。このPI現実化への最低限の要件が、先述した<PI実現へのキモ中のキモ>でした。PIロードマップもこの点は踏まえていて、実現会議に先立つSIPスマート物流サービスや物流情報標準化ガイドライン作りが先行、分科会でパレット標準化指針も策定し、「モノと情報とプロセスの標準化」への地ならしはできてきました。あとはこれらをPI実現へと収束させていけばいい……?
……けれども、行く手にはなお、多くの壁が立ちはだかっています。パレット規格1つとっても、推奨されるT11型(1100×1100mm)の国内普及度合いは、数十年間変わらず3割前後。これから新たにパレット化する企業はT11型で!と強く要請されているので、今後の拡大も見込まれますが、既に根付いた9型(ビール・飲料業界)、12型(冷凍食品ほか)等を切り替えられるかと言えば、すぐには難しい。
ならば?……実は大型トラック荷台幅(内法寸法)は2430mmとかが多く、横に2枚積むには余裕があるので、100mm程度の差異なら運用でカバーされている模様です(ラックは別)。平面寸法よりむしろ、合積みで統一化調整が必要なのは、貨物を段積みする時の「パレット貨物の高さ」だと、カップ麺とビールの共同輸送を実行中の物流リーダーから聞きました。試行錯誤を繰り返し、現実と理想の折り合いをつける方途を見出していくことでしょう。
* * * * *
……ことほどさように、前人未到のチャレンジは「やってみて、初めて分かる」ことばかり。だから「とにかく、まず、やってみよう!」と私は訴えてきました。前途に待ち構えるのは、鬼か、蛇か? 何かあっても、戦えばいいんです。完璧でなくたって、いいんです。PIという「究極の物流ムーンショット」に食らいつき、前進しようじゃありませんか。この国の未来の、物流と産業社会を持続可能とするために!!
(完)
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