2026年は「フィジカルAI元年」とも呼ばれ、産官学を横断した取り組みが進んでいます。経済産業省は、フィジカルAIの実現に向けた政策の一つとして、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)と連携し、「AIロボット・フィジカルAIを見据えたマルチモーダル基盤モデル開発事業」を開始しました(※1)。また、2026年7月に来日したエヌビディアのジェンスン・ファンCEOは、日本のフィジカルAIの基盤モデル開発企業「Noetra」との提携を発表しました(※2)。
各界でフィジカルAIに対する取り組みが広がる中、本コラムでは、物流現場においてフィジカルAIの適用対象となる業務の選定、PoC(Proof of Concept)、現場への実装、そして費用対効果の考え方について解説します。
(※1)引用:経済産業省『「AIロボット・フィジカルAIを見据えたマルチモーダル基盤モデル開発事業」を開始します』
https://www.meti.go.jp/press/2026/06/20260630005/20260630005.html
(※2)参考:ロイター『ノエトラが本格始動、エヌビディアからAI半導体調達 国も支援』
https://jp.reuters.com/economy/DYMVC2RCUVMBHHJDNKGLNQIZVE-2026-07-16/
1.物流現場でフィジカルAIの導入が求められる理由
フィジカルAIとは、AIがロボットなどの物理的な身体を通して現実世界を認識し、操作や作業を実行する技術を指します。フィジカルAIは、これまでの自動化機器やロボットとは異なり、センサーで周囲の状況を把握し、自ら判断して最適な処理を実行します。また、生成AIが言語や画像などのデータを生成・出力するのに対し、フィジカルAIは物理的環境の中で状況を判断し、タスクを処理します。これまでのロボットのような、プログラミングに基づく反復動作ではなく、周囲の環境や状況に応じて柔軟に対応できることが、フィジカルAIの特徴です。
フィジカルAIは高度な自動化・省人化を実現する技術として、人口減少による人手不足への切り札として期待されています。特に、製造業や物流業で大きな注目を浴びています。
フィジカルAIは、膨大な学習データと多様なセンサーからの情報をもとに、状況に応じた最適な動作を導き出します。そのため、形やサイズが異なる多様な商品の処理を自動化できたり、人間では対応が難しい夜間や危険な現場の作業も、人手を介さずに担うことができます。
さらに、これまでのロボットや自動化機器では対応が困難な現場やルール化しにくい現場にも対応できます。たとえば、物流業務に欠かせないピッキングや仕分けの工程では、作業が属人的化している現場が数多く存在します。新たな人材の採用が厳しくなっていることを背景に、物流現場では、人手を必要としない早急な課題解決策が求められています。
2.フィジカルAIを導入できる物流業務
物流業界でフィジカルAIを適用できる対象として、以下の業務が想定されます。
1)入出庫、倉庫内搬送
2)パレタイズ・デパレタイズ(パレットへの積み付け・積み下ろし)
3)ピッキング
4)検品・仕分け
5)棚卸し・在庫確認
6)危険区域の巡回・点検 など
これらの業務にはいずれも、対象物や周辺状況の「認識」と「判断」が伴います。また、対象物や作業環境を完全には固定できないという点も共通しています。
たとえば、ピッキングでは商品の形状や大きさが異なり、パレタイズやデパレタイズでは異なる商品が混在することもあります。また、物流の現場では、以下のようにルール化が困難なケースも数多く発生します。
・荷降ろし時の積載の乱れ
・棚卸し時の棚配置の変更
・巡回や点検時の現場状態の変化
こうした状況を整理するには、データの形式に注目する必要があります。データには、項目や形式があらかじめ定められた「構造化データ」と、テキストや画像、音声などの決められた枠に収まらない「非構造化データ」があります。
これまで、非構造化データを扱う業務は現場のベテラン従業員の経験値や暗黙知をもとに処理されてきました。こうした、非構造化データを認識した結果に応じて物理的な行動に結び付ける判断が求められる業務は、フィジカルAIの活用に適しています。
たとえば、EC向けの物流センターでファッション商材を扱うケースでは、同じメーカーのTシャツであっても、サイズや色によってSKU(Stock Keeping Unit:在庫管理の最小単位)が異なります。そのため、EC向けの物流センターでは、多様なSKUの仕分けが必要です。これまでは、サイズや色を1点ずつ目視で確認しながら仕分ける、属人的な作業が行われてきました。フィジカルAIを活用すれば、こうした確認・仕分け作業の自動化を実現できます。
また、物流センター内での商品や貨物の移動・搬送では、AGV(Automated Guided Vehicle:無人搬送車)が利用されているケースがあります。しかし、ラックの移動やロケーション変更の頻度が高い物流センターでは、環境変化に柔軟に対応できるAMR(Autonomous Mobile Robot:自律走行ロボット)が適している場合があります。
AMRはSLAM技術(Simultaneous Localization and Mapping:周囲の地図を作りながら自分の位置を把握する技術)などによるナビゲーションで、動線が変化した場合でもその場の状況に応じて判断しながら走行できるためです。
3.フィジカルAI導入のステップ
フィジカルAIの導入には、複数のステップを踏む必要があります。
① 現場の課題と対象工程の可視化
最初に取り組むべきことは、現場の課題と対象工程の可視化です。導入の際に起こりがちな失敗は、ロボットやマテハンなど機器の導入が先行してしまうケースです。
現場への適合性を十分に確認できないまま運用を始めることになり、本来の性能を発揮できないおそれがあります。そのため、フィジカルAIの導入を前提にするのではなく、以下のような課題を洗い出したうえで、ボトルネックや自動化の余地がどこにあるかを見極めることが不可欠です。
・工程の作業時間
・人員配置
・ピークタイムや物量の変動
・例外処理の発生頻度
フィジカルAIを課題解決の一つの選択肢として位置付けることが大切です。
② 現場データの収集・整備
次に必要なことは、現場データの収集・整備です。フィジカルAIは、現場の暗黙知などの可視化されていないデータを学ぶことで、より精緻な動きを再現することができます。たとえば、熟練スタッフの無駄のない腕の動きを学習することで、ピッキング用のロボットアームの動きを最適化できます。
③ 小規模PoCの実施
また、導入効果を検証するため、小規模なPoCを実施し、新しい技術の実現可能性を確認します。本番投入前に効果とリスクをどれだけ精緻に見極められるかが、フィジカルAIへの本格投資に踏み切るかどうかの判断の精度を大きく左右します。あわせて、PoCを通じて本番環境で安定的に運用できるかどうかも確認する必要があります。
この事前検証では、デジタルツインが中核的な役割を果たします。たとえば、AMRを導入するケースでは、実際の倉庫の運用を停止させることなく、ロボットの動作や相互干渉、最適な搬送経路などをシミュレーション上で再現できます。これにより、レイアウト案の比較やボトルネックを把握したうえで、PoCを進めることができます。
本番展開に進む前の段階で、投資リスクを抑え、導入効果の見通しを大幅に高められることが、デジタルツインを活用する大きな利点です。
④ データの蓄積と改善サイクルの継続
一方で、本番環境に移行した際、商品の多様性や物量変動など、想定外の要因によってトラブルが発生することがあります。こうした事象に関するデータを本番環境の運用データとして蓄積し、AIモデルの再学習やデジタルツインへのフィードバックに活用します。また、次工程・次拠点への展開に反映させていく継続的な改善サイクルが不可欠です。
4.フィジカルAIの費用対効果
フィジカルAI導入の費用対効果を検討する際は、まず費用と効果それぞれに何を含めるかを整理する必要があります。初期費用に含めるべき項目としては、以下が挙げられます。
・ロボット、センサー、カメラといった機器類
・AIモデルの開発、調整
・既存システムとの連携
・現場レイアウトの変更
・デジタルツインの構築
・PoCや安全検証
また、運用費用としては、以下が継続的に発生します。
・保守、点検
・AIモデルの再学習
・通信、クラウド、エッジ環境の維持費
・監視担当者の人件費
・消耗品、電力
・バージョンアップ対応
一方、効果として計上すべき項目は、以下のようなものがあります。
・人件費に関わるもの:作業時間の削減や必要人員の変化、残業・夜勤コストの圧縮など
・品質・安全に関わるもの:誤出荷・破損の削減、労災・事故リスクの低減、設備停止時間の短縮など
・その他(間接的な効果):繁忙期の外部委託費削減、24時間稼働による処理能力向上 など
フィジカルAIの導入に際しては、費用と効果の両面を正しく評価したうえで、導入を進めることが求められます。
5.「物流現場におけるフィジカルAI導入の課題と進め方」のまとめ
物流現場の人手不足は、現場の努力だけでは解決が難しい段階に達しています。フィジカルAIは、人手不足の解決に向けた有力な選択肢ですが、導入すれば即座に効果が出るわけではありません。導入にあたっては、現場を丁寧に可視化し、データを整えたうえで、デジタルツインとPoCによって効果とリスクを検証する必要があります。そのうえで、費用と効果の両面を正しく評価し、段階的に導入を進めていくことが重要です。
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