菊田一郎連載コラム
<物流ムーンショット>
Moonshots on Logistics
あるべき物流へ、勇気あるチャレンジを!
*ムーンショット*
前人未踏で非常に困難だが、達成できれば巨大なインパクトをもたらす壮大な計画や挑戦。
月を目指した、あのアポロ計画のように。
<MoonShots-7>
物流を「ディーセント・ワーク」に!
物流2024年問題だけじゃない大問題
目次
ディーセント・ワークとは?
筆者は物流ジャーナリストとして独立して4年この方、「物流をディーセント・ワークに!」と訴えてきました。「ディーセント・ワーク(decent work)」とは、「働きがいのある人間らしい仕事」と訳され、「労働者の諸権利が保護され、十分な収入を生み、適切な労働条件が確保された生産的な仕事」を意味する用語。1999年開催の第87回ILO(国際労働機関)総会の事務局長報告において、当時の事務局長フアン・ソマビア氏が提唱した概念だそうで、以来ILOの主な活動目標に位置付けられています。
同じく私が「物流で達成に貢献しよう」と主張するSDGsの17のゴールのうち「SDGs8:働きがいも経済成長も」においても、「仕事をディーセント・ワークに」が主目標の1つに位置付けられています。だから筆者も、「物流を誇りとやりがいをもって働ける仕事に」と訴えているのです。
筆者がこう思い至った淵源は、わが物流の師である平原直(ひらはら・すなお、1902~2001、日本パレット協会初代会長ほか)の主張にあります。彼は終戦直後、通運会社の調査役として運送の現場をくまなく調べて回り、港湾労働者や運搬人が「獣にさせるが如くの苦役(くえき)」を強いられている現実に直面。これを深く憂え、「荷役(にやく)の機械化推進」、「一貫パレチゼーションの導入」を訴え続け、「荷役近代化の父」と讃えられました。
物流はディーセント・ワークか?
以来、3四半世紀。21世紀のわが日本の物流は「ディーセント・ワーク」になったのか? 皆さんの会社での物流関連業務は、「労働者の諸権利が保護され、十分な収入を生み、適切な労働条件が確保された生産的な仕事」になっていますか?
残念ながら、そう言えない現場が多いからこその「物流2024年問題」であるわけです。生産年齢人口が急減する中でも、ドライバーの平均給与は全産業平均に比べ1-2割低く、労働時間は1-2割長い、という厳しい労働条件が続き、なり手が確保できない――このままでは「運べない時代」がくる――という危機的状況に直面したのが発端でした。
でもドライバーだけではありません。非正規従業員が大半の倉庫・物流センターの現場作業員も足りず、平均時給は秋にアップされた最低賃金を上回り、なおも上昇を続けている(図表1)。そんな現実を皆さんも日々、痛感しておられることでしょう。
図表1 三大都市圏でのアルバイト・パートの平均時給の推移(2024年10月調査)
政府の人口動態予測によると、生産年齢人口の縮減はこの20年前後、総人口の減少を超えるペースで続きます。2024年で終わるわけでなく、急激な外国人労働者の移入がない限り、供給不足の問題は2030年、40年へと続くのです。
ならば私たちはどう働き手を確保し、わが社の事業と日本の物流を持続可能にするのか? 個社の努力が及ばない法制度や商慣習ほかの問題については、ようやく肚を決めた政府がこの春、改正物流2法(物流総合効率化法と貨物自動車運送事業法)を公布し、来年度以降の施行に向けて準備を進めています。詳述はしませんが、国が運賃アップを誘導しドライバーの賃金向上を図るとともに、発荷主・着荷主に物流効率化を義務付け、物流側に無理強いしてきた非合理的な商慣行を糺し、製配販物連携の推進で物流供給力の確保を目指しています。
その実行に私も大いに期待していますが、国に頼る以前に自社で努力し、できることもあるはず。ではどうすべきなのか? いくつかの視点を提示します。
物流持続可能化への人手確保施策/待遇・環境の改善
諸施策の中でも今回は「働き手の確保」に集中し、その核心要素である「待遇」「環境」に焦点を絞ります。求職者が職を選ぶにあたり第一に考慮するのは、「業務内容」と「待遇」かと思います。給与は、「払える額」をこちらが決めればよかった人余りの時代はとうに終わり、競合する求人先とのし烈な競争に負けない額を提示しなければ、人数が確保できません。給与だけでなく、今どきの若者は休暇・休息を含む福利厚生その他、幅広い待遇・条件を考慮します。非正規従業員なら送迎、ランチ補助などの付加的サービスも効果的でしょう。
しかし筆者が言いたいのは、そんな当たり前のことではありません。カネやモノでない心理的・精神的要因、つまり「安心して働ける職場」、「従業員を大切にする職場」であることの価値が今、ものすごく上がっていることに気づいたからです。とくに採用後の「定着」には、「職場環境」が極めて重要な条件になります。
①人はなぜ辞めないのか
せっかく採用できた人が定着せず、間もなく離職してしまったのでは、懸命にコストをかけて求人し・給与を上げ・教育しても水泡に帰してしまう。そうした人が辞める大きな理由が、この心理的・精神的環境ではないのか?――そんな仮説を立てて調べた結果、(株)日本能率協会総合研究所が従業員エンゲージメントや転職意向をテーマに調査し、2024年9月に発表したレポート*1の中に、「過去3年以内に転職を考えたことがない理由」という項目を見つけました(図表2)。
*1 https://jmar-im.com/column_es/es2409/”
25~34歳の若者が辞めない理由は、「仕事のやりがい」(26.9%)、「勤務地」(26.4%)、「給与」(22.9%)がベスト3。給与が大事なのは当然として、「やりがい」がより重視されている。さらに詳しくみると、他にも重要な要素のあることが浮かび上がります。
図表2 今の会社で転職を考えたことはない理由(25~34歳のみ、5つまで選択)
*出典/(株)日本能率協会総合研究所、「働きがい1万人調査」より
筆者が注目したのは、僅差で4位の「心身に不調をきたすことなく働けているから」、6位「職場環境が快適だから」、7位「職場メンバーを信頼しているから」、9位「上司を信頼しているから」の各項目。これらは「心理的安全性の高い職場環境だから」とひと括りしてよいのではないかと、筆者は思うのです。また10位の「今の会社で働いていることに誇りを持っているから」は、諸ポジティブ評価の結果として「誇り」がもてるのだから、総合評価とも解釈できる。この回答を得ることこそ、「物流をディーセント・ワークに!」チャレンジのゴールとなるでしょう。
②人はなぜ辞めるのか
上記の逆を取り、「辞める理由」として列記してみます。
*心身に不調をきたすことなく働けないから
*職場環境が快適ではないから
*職場メンバーを信頼できないから
*上司を信頼できないから
*今の会社で働いていることについて誇りを持てないから
どうでしょう? 心肝に「グサリ」と響いたりしませんか? (汗/苦笑)
以上より、「採用した人が辞める大きな理由は、心理的安全性の低い職場環境だから」との推測が導けます(なお「心理的安全性」とは、「チームの誰もが非難される不安を感じることなく、自分の考えや気持ちを率直に発言でき・行動に移せる環境」などとされるが、ここではより広義に解釈した。詳しくは筆者の下記コラムなどを参照)。
👉菊田コラム「物流ミライ妄想館」、https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/82267
③物流リーダーの責任は重い
筆者が前回コラムで「本物の高度物流人材の要件」を、「働く人たちに心から慕われ・頼られる人間性・人格を備えた人」としたのも、まさにこの理由によるものです。前記「辞める理由」のうち、「上司を信頼できない」は言うまでもなく、「心身に不調をきたす」原因の大半は上司のパワハラ的言動にあるだろうし、「信頼できない職場の人間関係」を放置するのもリーダーの責任。よって「環境が快適でなく、誇りが持てない職場」から、人は去っていく……。
だからこそ、これからの物流リーダーには、「従業員を本気で大切にし、信頼される人柄」を備え、「安心して働ける職場」を生み出す、「本物の高度物流人材」に成長してほしいのです。
④省力化・自動化で環境改善
最後に、物流現場の労働環境改善⇒従業員の定着促進のため、省力化・自動化を進めることも今やマスト課題です。冒頭に記した通り「物流で働く人を過酷な労働から解放する」ために、そして「物流を働きがいのある人間らしい仕事」にするために。
本テーマについては
連載①「物流センターの自動化!」から
⑤「物流ロボットの力を全開!(その2)」まで
あれこれ書いて来たので、参照ください。千差万別の現場環境・状況に応じて最適なシステム機器を選び、構築・運用するのは容易ではありませんが、効果は大きい。信頼できる専門家のアドバイスを得れば、より速やかな実行につながるのではと思います。
こうして「物流をディーセント・ワークにする!」ことが筆者の祈りであり悲願です。同時に、それはわが国産業界の目指すべき「物流ムーンショット」なのだと、確信しています。
(おしまい)
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https://www2.shinwart.co.jp/l/907272/2021-11-28/39gg2