生成AIの進化が加速する中、現実の物理的な世界では「フィジカルAI」が注目を集めています。2026年は業界内で「フィジカルAI元年」とも呼ばれ、物流現場でも導入や実装に向けてさまざまな取り組みが進んでいます。本コラムでは、フィジカルAIの要素技術と、国内外の物流領域への最新の導入事例を解説します。
1.フィジカルAIとその要素となる技術
フィジカルAIとは、AIとロボットや移動機器、マテハン機器が統合されたものを指します。センサーなどを使って現実世界の状況を把握し、その情報をAIが判断したうえで、物理的なハードウェアを通してさまざまなタスクを処理します。フィジカルAIは、反復動作を強みとする従来のロボットとは異なり、自律的に判断してタスクを処理できる点が特長です。
フィジカルAIは「センサー」「AI」「アクチュエータ」という3つの主要な技術的要素を連携させて機能します。また、フィジカルAIが現実世界を学習する環境として、デジタルツインが必要です。なお、フィジカルAIの要素のうち、センサーについては、前回の「物流領域のフィジカルAIとその技術」のコラムで説明していますので、そちらをご参照ください。本コラムでは、フィジカルAIでも、特にロボットにフォーカスして解説します。
【参考】
鈴与シンワートの物流コンサルティングサービス 「第29回 物流領域のフィジカルAIとその技術」
https://logistics.shinwart.co.jp/column/logistic_it_consultation/hachisu29/
2.AI ――フィジカルAIの「頭脳」
AIはフィジカルAIの頭脳として機能します。その中心となる技術がVLA(Vision-Language-Action Model)と呼ばれるAIモデルです。従来のロボットは、あらかじめ決められた作業を繰り返すことを前提としており、ティーチングという事前学習が必要でした。従来のロボットは想定外の状況には対応できず、エラーで停止してしまうという課題がありました。
これに対して、VLAはカメラなどの視覚情報(Vision)、言語(Language)による指示により最適な行動(Action)をリアルタイムで生成・実行します。そのため、VLAは動作環境が変化しても最適な作業ができることが特長です。
例として物流のピッキング現場では、VLAを搭載したロボットは、事前に学習していない荷物があってもその場で最適な力加減や動きを判断して作業します。
現在、物流・製造分野での活用が進んでいるVLAは、大手テック企業が開発を進めており、Google DeepMindの「RT-2」や「Gemini Robotics」、NVIDIAの「Isaac GR00T N1」などが登場しています。これらのVLAモデルは今後、物流・製造分野での活用拡大が期待される技術です。
3.デジタルツイン ――フィジカルAIの「学習環境」
フィジカルAIを倉庫や工場に実装するうえで欠かせないのが「デジタルツイン」です。デジタルツインとは、倉庫や工場など実際の物理空間を、あたかも現実と双子のようにコンピューター上に忠実に再現した仮想空間です。フィジカルAIのロボットは、大量の動作データを学習することではじめて実用レベルの性能を発揮します。そのため、デジタルツインはフィジカルAIのロボットが現場に投入される前に仮想空間で数多くの経験を積む「学習の場」として機能します。
実際の倉庫でフィジカルAIに経験を積ませるための試行錯誤をすると、稼働中の現場を停止する必要があったり、作業するスタッフの安全面にリスクが生じます。さらに、膨大な時間やコスト、商品の破損といった問題があります。デジタルツインを活用することで、こうした障壁を回避しながら、ロボットの活動に必要なデータを学習できます。
また、現在ではデジタルツインで学習した内容を現実のロボットに移植する際に生じる「仮想と現実のズレ」を解消する研究も進んでいます。
4.アクチュエータ ――フィジカルAIの「筋肉」
アクチュエータとは、フィジカルAIの駆動部であり、フィジカルAIの頭脳であるAIの判断と命令を実際の物理動作に変換する装置です。アクチュエータは電気や油圧・空気圧などによって「曲げる・押す・引く・回す」といった動作を生み出します。
特にロボットの腕や脚、関節を動かす部品として、フィジカルAIの性能を左右する重要な技術です。

現在、物流・製造用ロボットで使われている主なアクチュエータには以下のものがあります。
- サーボモータ:
産業用ロボットや工作機械などで指令通りに「位置・速度・トルク(回転力やねじる力)」を高い精度で自動制御できる高性能なモータです。日本は精密なサーボモータと減速機で世界トップのシェアを誇っています。
- QDD(Quasi Direct Drive)モータ:
ヒューマノイド(人型ロボット)向けの関節駆動に使われます。人間の関節のように柔らかくしなやかな動きや、ヒューマノイドに求められる「つかむ・運ぶ」といった作業に適しています。QDDモータはダイレクトドライブ方式の特長と力強いギアを組み合わせた次世代型のモータで、中国が市場をリードしています。
- 人工筋肉(ソフトアクチュエータ):
生体筋に近い柔軟性・軽量・静音が特長で、電気や空気圧を使って伸縮する次世代の駆動装置です。空気や油などの流体の圧力を使うことも特徴です。
5.フィジカルAIの導入事例
フィジカルAIは海外での導入事例が先行していますが、日本でも企業の垣根を超えた技術共有の取り組みが始まっています。ここでは内外の代表的な導入事例を紹介します。
1. 倉庫作業を変革するAmazon「Vulcan(ヴァルカン)」—— 触覚を備えたAIロボット
Amazonはドイツと米国の2カ所の物流センターに、触覚を持つAIロボットを導入しました。物流センター内には「ポッド」と呼ばれる棚があり、その各区画には平均10個ほどの商品がまとめて収納されています。商品を格納したり取り出したりする際には、混在する商品の中から目的の品を探し出し、素材・形状に応じて力の加え方を調整しながらつかむ必要があります。このような作業は非常に繊細で、長年、「ロボット化が最も難しい工程」のひとつとして人の手に頼り続けてきました。
Amazonはこの課題の解決策として、2025年5月に同社初の触覚センサーを搭載した倉庫ロボット「Vulcan(ヴァルカン)」を発表しました。Vulcanはアーム先端に取り付けたヘラ状のアタッチメントと力覚センサーによって、商品に触れた瞬間の圧力やトルク(回転させる力の大きさ)・変形をリアルタイムで検知します。例えば、柔らかい歯磨き粉のチューブは優しくつかむといった動作が可能です。また、AIがこのデータを学習することで、商品の状態に応じて最適な力加減を自律的に判断できるようになります。
【出典】
Wired 「アマゾンが触覚で棚を探るロボット『Vulcan』を発表。倉庫作業の革新へ」
https://wired.jp/article/ai-lab-amazon-launches-vulcan-a-robot-that-can-feel
Amazon News 「Introducing Vulcan: Amazon’s first robot with a sense of touch」
https://www.aboutamazon.com/news/operations/amazon-vulcan-robot-pick-stow-touch
2. 山善×INSOL-HIGH——日本初・実倉庫へのヒューマノイド試験導入
日本の物流業界では、「物流の2024年問題」を背景に、慢性的な人手不足への対応が急務となっています。倉庫内ではAMR(自律移動ロボット)や自動倉庫の普及が進む一方で、「多品種・不定形の商品をつかむピッキング」や「形状がバラバラな品物を段ボールに詰める作業」は既存の自動化機器では対応できませんでした。そのため、単機能型ロボットでは対応できない「自動化の隙間」を埋める手段が求められていました。
こうした課題解決に取り組むのが、ものづくり商社の株式会社山善とヒューマノイドプラットフォームのINSOL-HIGH株式会社です。両社は2025年4月に業務提携を結び、INSOL-HIGHが開発するWES(倉庫実行システム)の知見と、山善の自動化ノウハウ・全国55拠点の販売ネットワークを組み合わせ、日本初となる「WES×ヒューマノイド」統合モデルの構築を進めています。
【出典】
INSOL-HIGH株式会社「INSOL-HIGH、株式会社山善と業務提携 – 日本物流現場におけるヒューマノイドロボット社会実装を加速」
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000010.000139883.html
6.「フィジカルAIの技術と物流分野への導入事例」のまとめ
フィジカルAIは、深刻化する人手不足という物流業界の課題に対する有力な解決策として、大きな期待が寄せられています。AI(VLA /頭脳)・デジタルツイン(仮想空間での学習環境)・アクチュエータ(筋肉)という要素技術が組み合わさることで、ロボットは「見て・考えて・動く」自律的な存在へと進化しています。海外ではすでに商業利用が始まっており、日本でも実倉庫への試験導入や業界を超えた連携組織の立ち上げなど、実用化に向けた取り組みが進んでいます。
このコラムを掲載している鈴与シンワートでは「鈴与グループが持つ物流ノウハウ」と「鈴与シンワートのシステム開発力」を生かし、物流の課題を可視化し、最適なソリューションを提案します。
デジタルツイン技術を用いた倉庫の課題解決にも取り組んでいますので、お気軽にお問い合わせください。








